[作文]政治の話はしたくない、と駅前で。
男が小脇に携えている色紙の束、その十数枚の色紙すべてに、以下のような文言が、まずい肉筆で、一言一句違わずに書かれていた。
「『政治の話はしたくない』
政治の話はしたくない
自分が無知だとバレるから
政治の話はしたくない
思想がないってバレるから
政治の話はしたくない
右も左もわからないから
政治の話はしたくない
言い争いたくはないから
みんなと仲良くしたいから
政治の話はしたくない、だって
子どもには関係ないじゃない
ケーキを食べればいいじゃない」
路上詩人を自称する、頭の弱いその男は、自信作の束を持参し、駅前へとやってきた。
駅前はいつも以上に人が集っていた。牧歌的な彼は、桜の開花宣言が出た直後の日曜日だからなぁ、と単純に納得しつつ、詩を披露するのに手頃なスペースを探して、あたりの路上を見回した。
そこへ、男と同年代くらいの若者たち数人の集団が通りがかった。集団の彼らは各自、物々しい文言の書き連ねられたプラカードを提げて、それらしい顔つきをしていた。集団には女性も混じっていた。
彼らに対し、思わぬ親近感の湧いた詩人の男は、彼らを呼び止め、先の自らの作を詠唱しはじめた。男は、その作の出来栄えでもって、彼らの感心を集めたかった。
しかし、プラカードの彼らは、訝しげに男を一見すると、息を揃えて、口汚くシュプレヒコールを浴びせながら、詩人の男を小突きまわしだした。
訳がわからないままに小突きまわされながら、ひるんだ男はともかく詠唱するのをやめ、苦し紛れに色紙を彼らに差し出した。だが、集団のうちの一人が、男の差し出す色紙を払いのけた。そしてその、はじき返された拍子に、色紙の端が、詩人の男の目のあたりにぶつかった。
男は咄嗟に顔を引き、目を瞑ったので、眼球に傷がつくことはなかったが、その瞬間に思わず上げてしまった情けない悲鳴を、プラカードの集団の女が笑ったために、男の気はすっかり萎んでしまった。彼らは去っていった。
男はしばらく悄然としていたが、自らを鼓舞し直し、路上の隅で色紙を広げて、道ゆく人々へ向けて詩を詠むことにした。と、じきに彼の周りを警官が取り囲んだ。不意のことに戸惑っている彼を、警官たちは「こんな場所に座り込んで物を売ってはいかん」と言って、呆気なくそこから追っ払った。
にわかに色めき立つ喧騒を背中に感じながら、男はその場を立ち去った。その喧騒に参加することができないのが少し悲しかったが、みんなが何を騒いでいるのか知らない自分は参加しようにも仕方がないのだと思うと、今度は恨めしい気がした。
家路につきながら男は、今日はもう風呂に入ってビールを飲んだらとっとと寝よう、と思った。